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スイスに来てからの春香の言語状況

(これまでのあらすじ→私たちが英語圏スコットランドから、ドイツ語圏スイスに移住してきて3ヶ月。ここは日本人家庭も多く、早速日本人子ども会に入会、春香は日本語で話すお友達ができて楽しそう。ただ一つ残念だったのは、今まで「おかあさん」と呼んでくれていたのが、「ママ」に変わってしまったことだった)

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 ゆっくりイタリア語、消えゆく英語

 次に、イタリア語。相変わらずローマからは頻繁に電話が入るし、ここに来てとうとう、スカイプ(テレビ電話)まで導入された。それでも今も「春香イタリア語」を話しているし、夫に日本語で話しかけることも多い。
 そんな時、夫は、春香の日本語を理解してそのまま会話を進めてしまうこともあるが、たいていは「え? パパは日本語わからないぞ。イタリア語で言ってごらん」と言う。「ほら、サラ! イタリア語で、何て言うんだ?」と詰問口調になることも多く、春香は反発するのか面倒なのか、イタリア語で言い直せたことがほとんどない。これがあまりに度重なり、最近は私も気になったので「春ちゃん、お父さんにはイタリア語で話すんだよ」と言うのだが、あまり効果はないようである。
 とにかく、昨年のクリスマスに引き続き来月のイースターもイタリアなので、春香のイタリア語は今後もゆっくり伸びていくだろうと思われる。

 さて、英語である。ここスイスへ越して来てすぐ、近所のコミセンで英語を話す親子のためのマザー&トドラーグループを見つけた。着いたばかりで私は、ドイツ語に辟易していた時だったし、実際ここまで英語が通じるとは当時の私はまだ知らなかったので、春香を連れて喜々として通い始めた。とにかく誰かと話して、情報が得たかった。あんなに英語は苦手だと公言していたくせに、言葉が通じるのが嬉しくて、こんなレベルの英語でも役に立つんだなあと感動することしきり(とはいえ、英語のノンネイティブ同士で固まってしまう傾向はあったが)。
 そしてそこへ行った日は、家へ帰ると春香も一人言が英語になった。ぬいぐるみにカモン!と呼びかける。昔よくしていたように、絵本を手前に向けてひろげ、春香英語でぬいぐるみに読み聞かせもしてみたり。

 ただ、このグループは週1回なので、1回休めば2週間空く。そこへカーニバル休暇が入ったので、1ヶ月近く空いてしまったところで、春香の口から英語が消えた。

 先日、何気なく聞いてみた。春ちゃん、猫は英語でなんて言うんだっけ? 春香は一瞬考えたが、すぐに「Cat」と、当時の発音で言った。おっ、これはすごい。「じゃあ犬は?」しばらく考えた後、英語らしい音で何だかそれらしい言葉を言ったが、私が知る限りそんな単語はない。「じゃあ、『座って』は?」結果は同じ。「じゃあ、『ダメ』は?」「No!」・・・やっぱり。これはイタリア語と同じだもんね。

 バーゼルには英語によるプレイグループもあり、子供を預けられるので、軽い気持ちで問い合わせてみた。すると、両親が英語のネイティブでなく、家庭で英語を話していないなら、と春香をウェイティングリストに載せることさえ渋る様子。送ってもらったパンフレットには、年会費65フラン、プレイグループ1回25フラン(1フラン=約100円)とある。覚悟はしていたが、これがスイス値段なのだ。私は、すぐにあきらめた。

 そして近頃の春香は、友達にもらったドリフの歌のCDがお気に入りなのである。ご近所中に聞こえる声で歌う「めがねはえいごでマウスです! おうまはえいごでソースです!」
・・・せめて歌詞通り「グラス」「ホース」と覚えてほしかった。ダメだこりゃ。




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春香語録・なんで?

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「なんで?」

 一人っ子の春香は、お客さんが来るのが何より楽しみ。「ドイツからもうすぐ、はなちゃんが遊びに来るよ」と私が言ったところ、「はなちゃん、もうくる?」「はなちゃん、こないねえ」と毎日言う。「はなちゃんはね、二週間後に来るの。今日は、まだ来ないよ」カレンダーを示しながら説明しても、翌日にはまた「はなちゃん、なんで、こないの?」

「もうすぐお父さん、帰ってくるよ」「なんで、かえってくるの?」「・・・そんな、帰ってこなかったら、困るじゃない! お父さんはここに一緒に住んでるんだから!」
 友人曰く、「お父さんは春香を愛しているから、帰ってくるのよ」と答えればいいとのこと。

「今日はお天気悪いね」「なんで、わるいの?」「・・・上空が低気圧に覆われてるからだよ」「・・・そうか」

「お日様、隠れちゃったね」「なんで、かくれちゃったの?」「隠れちゃったというより、雲に隠されちゃったんだよ。雲は意地悪だから!」

「あっ、のりこちゃんだ」「あっ、本当だ。のりこちゃん、可愛いねえ」「なんで、のりこちゃん、かわいいの?」「・・・春香が可愛いように、のりこちゃんも可愛いの!」

「車、いっぱい止まってるね」「あ、おかあさん、あおいくるま!」「本当だね、青いね」「なんで、あおいの?」・・・私は考えた末、「この人、きっと青が好きなんだよ」と答えた。すると春香は納得した。
 どうやら春香は、とにかく答えが欲しいらしい。どんな答えであれ、とにかく答えさえもらえればいいようなのだ。こちらがうなってしまうような、いいところをついてくる質問もたまにはあるが、たいていは会話を続けるための「なんで?」なのである。私の適当な答えにも「そうか!」とうなずいてくれる。どうせ周囲も夫も、日本語がわからないのだから、気楽に好きなことを言っていればいいのだ(里帰りすると困るけれど)。

 しかし、簡単には納得してくれないことも。「これ、くるくるまわるの?」「そうだよ、風が吹くと回るんだよ」「・・・まわってないじゃん」「だって、これは絵だから」「なんで、絵だと、まわらないの?」「だって、絵なのに回ったら、アニメになっちゃうじゃん」「なんで、ワニになっちゃうの??」

「ご馳走様」「なんで、ごちそうさまなの?」「だって、食べ終わったから」「なんで、たべおわったの?」「噛んで、ごっくんって飲み込んだから」「なんで、のみこんだの?」「だって、飲み込まなかったら、困るじゃん!」「・・・そうか」
 実際、適当な答えが思いつかない時、面倒な時など、つい「そうじゃなかったら、困るじゃん」と言ってしまう。それで納得してくれればしめたものだが、そうでないと本当に骨が折れる。

 時には、不可解な質問も。バスに乗っていて、不意に「なんで、ウルトラマン、こないの?」「・・・だって、怪獣が来てないじゃん。怪獣が来て、大暴れしてたら、ウルトラマンだって来るけど」

 キャンディ・キャンディが好きな春香。ある日、バスの中で突然、「イライザ、きたらこわいよ」と言ったかと思うと、私に向き直り、「なんで、イライザくるの?」と聞く。自分が勝手に来ると決めたんじゃないの。「イライザなんか、来ないよ」と言うと、今度は「なんで、こないの?」「・・・だって、キャンディもイライザも、スイスにはいないから!」

「おかあさんが、ねこだったら、どうしよう?」にこにこ、そんなことを言うので、「お母さんは猫じゃないよ。春香と同じ、人間だよ」と言った。そして私も真似をして「春ちゃんがミニーちゃんだったら、どうしよう?」と言うと、今度は真顔になり「なんで?」「・・・だって、春ちゃん、ミニーちゃんに似てるから・・・(注・似ていません)」

 そして、時には自分で自分なりの結論を出すことも。「あはは。春香、面白いねえ」「なんで、はるか、おもしろいの? ・・・だって・・・おもしろいから、おもしろいの! おかあさんが、はるかをすきだから!」




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卒乳に思う

(これまでのあらすじ → 娘の春香は、2歳を過ぎてもまだ母乳を飲んでいた。私は本人がやめると言い出すまで授乳を続ける「自然卒乳」を目指していた。が、どうやらしつこい疲労感はこの長期授乳のせいだと思い当たったので、2歳半になったらやめると決め、その日まで「おっぱいやめようね」と言い聞かせた。決行当日、もう最後だとわかったのか、春香は夜遅くまでおっぱいをせがんで寝つかなかった。
 そして翌日・・・。)

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 その夜。いつものように絵本を2冊読み聞かせ、二人して横になった途端、「はるか、おっぱい、のむ」と言う。「あれ? 春ちゃん、もうおっぱい、やめたんじゃないの?」と言ったが、「おっぱいー、おっぱいのむー!」とまた始まった。両足をバタバタし始めると、抱っこもしてやれないし、手のつけようがない。仕方なく、「おっぱいー」と言う春香に「え? 抱っこ?」ととぼけて言い、「おっぱい、おっぱい!」とくり返すとまた私は「え? 抱っこしてほしいの?」ととぼける。そのうちにあきらめたのか、「だっこ」と言って両手を伸ばしてきたので、すかさずラッコ抱きにした。背中をトントンしながら「おやすみなさい」の歌を歌い、その後、考えた末、うろ覚えの桃太郎を話して聞かせた。
 以前本で読んだのだが、完全に眠りにつくまでのうとうとしている間にくり返し聞かされたことは、よく頭に入るらしい。その時間に何か物語をくり返し語って聞かせれば、日本語の語彙も増えるのではないかという魂胆である。というわけで、桃太郎で卒乳1日目は過ぎた。

 2日目の朝。いつもは喜んで行くプレイグループに、今日は行きたがらない。こういう時に無理に行かせることはないと判断し、家で遊ばせる。お昼寝時はまた同じように騒いでいたが、最終的には抱っこで寝つく。
 まあ、こんな感じでそのうち慣れていけば、と思っていた、その夜。おっぱいを要求して、とうとう泣かれてしまった。昨日は騒いでいたものの涙はなく、「さすが2歳半ともなると、泣かずに言葉で要求できるんだな」と感心していたのに。その日の春香は、ちょっと気が立っていたようだった。というのは、まるで卒乳を待っていたかのように、私が激しい頭痛におそわれ、体調をくずしたので、春香をあまり構ってやれなかったのだ。

 妊娠中も含めてこの3年あまり、私は風邪薬を服用することがただの一度もなかった。気が張っていたのか病気にならなかったし、風邪には生姜を入れたはちみつレモンを飲んで治していた。しかし、今回は激しい頭痛、歯痛、だるさ、下痢、鼻、咳とどれも症状が重かったので、医者にかかった。そして、実に三年ぶりに風邪薬をのんだ。
 その20分後には、頭痛がすっと引いた。まるで別人、別世界である。さっきまでまともに歩くこともできず、背中を丸めて足を引きずっていた私が、まったく何事もなかったように背中を伸ばして歩き回っている。薬というものは、かくも偉大な発明品だったのである(風邪を引いたら、それは体を休ませろという合図だろうに。こんな風に症状が消えてしまっては、つい普段通りに動いてしまい、かえって長引くのではと疑問に思わなくもなかったけれど)。というわけで、いくら春香が泣いたところで、その日はもう授乳ができなかった。

 今まではしんどくても、求められれば必ずあげていたおっぱいを、今日はもういくら泣かれてもあげられない。せっかく今まで努力して築いてきた「お母さん=おっぱい」という甘く優しいイメージが、春香の中で壊れつつあるんだろうなあと思いながら(毎日のように怒鳴っているくせに)、ただ「ごめんね、お母さん、今日はお薬のんだから、もうあげられないの・・」とくり返した。

 はるか、おっぱい、やめるの!

 ところが。翌日、3日目のお昼寝は、なんとおっぱいの「お」の字も言わずに、自分から抱っこを望んで寝ついたのだ。ああ、これでもう卒乳かあ、ずいぶんあっけないものだな、というのが正直なところだった。
 しかし、その夜は再び「おっぱいー」が始まった。泣きはしなかったが、かなり執拗だった。こうなると私も折れそうになり、窮地に立たされた。といっても薬を服用中では、いくら心が揺れ動いたところで、どうしようもないのだった。
 そし4四日目の、お昼寝前。私の目をのぞき込むと、言ってみたかったのか「おっぱい」とだけ言った。ただ、その時はすでに横になって寝る体勢に入っていて、それ以上は何もなかった。

 それより何より、その日の夕方のこと。台所にいる私のそばで、おとなしく一人で遊んでいた春香が突然、何の前触れもなく、「はるかね、おっぱい、やめるの!」と言ったのである。それも、素晴らしいアイデアがひらめいたかのように、目を輝かせて。

 私は思わずひざまずき、春香を抱き寄せ、感激に胸をつまらせた。これが、自然卒乳なのだ。春香は自分から、おっぱいをやめることを宣言したのだ!



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泣いた春香のあやし方


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 一枚のCD

 それは、友人の明美さんからの誕生祝いだった。私ももらって良かったからと、日本の童謡を集めたCDを送ってくれた。当時、春香は2ヶ月にも満たない。いつ頃一緒に歌えるようになるかなと思いながら、本棚にしまった。
 数日後、夫はいつもの通り空手の稽古をしながらベビーチェアに座る春香を見ていたが、ふと思い立ってこのCDをかけてみた。すると、反応があることに気づいたのである。こんな小さな子でも歌で喜ぶとは、また一つ新たな発見をした。CDをかけておくだけでいいなんて、こりゃ楽だとその時は思った。

 ところが歌に身振り手振りをつけてみると、ますます喜ぶ。幼い頃バレエを習っていた私は、即興ダンスをつけて歌うことにした。猫のように、どんな動きでも目の前にあるとつい目で追ってしまうらしい。目を丸くしてじっと見てくれる。
 そのうち、お気に入りを歌い踊り始めると、目を輝かせ口を開け、満面の笑顔で両手をばたばた振り回すようになった。CDをかけっぱなしではこうはいかない。高齢出産後、体力は落ちる一方だが、かわいい我が子のためなら動かない体にむち打ってでもやるほかないのだ。

 歌って踊る父母

 お気に入りというのは、まず「おにのパンツ」。はこう、はこうというところで片足ずつ上げ、パンツをはく真似をすることにした。かなりの運動量になる。
 オリジナルはご存知「フニクリフニクラ」、登山電車について歌ったナポリ民謡だが、イタリア人の夫に日本語の歌詞を訳したところ、あきれられた。が、春香は「フニクリ、フニクラ~」より「あなたも、私も~」の方が好きなのである。

「おべんとうばこのうた」。かつて、姪っ子が歌っていた横で私も合わせて歌い、「歌っちゃダメ! みーたんがママと一緒に歌うの!」と怒られていた、この歌。今こうして我が娘に歌っているとは、感慨深いものがある。
 春香はこの歌が大のお気に入りで、「これっくらーいのっ」と聞いただけで泣き顔もあっという間に笑顔に変わる。もちろん、おべんとうの中身は私が手振りで見せる。

「こぶたぬきつねこ」。特に2番の「ブーブー、ポンポコポン、コンコン、ニャーオ」がお気に入り。
 さらにニャーニャー、ニャン、ニャニャニャーン、と動物の鳴き声をひたすら真似するだけで、春香はにこにこしながら聞いていてくれる。日本語よりも動物語のほうがよほど理解できるらしい。

「とんでったバナナ」。日本で小田急線に乗った時のこと。ひざに抱いていた春香がぐずり始めた。歌うのが最も効果的でも、そこは満員電車の中。が、東京ではどこへ行っても人混みなのだ。その日は荷物も多く、途中下車も困難だった。歌以外のあやし方を開発していなかった私は、やむを得ず、春香の耳元でお経を唱えた。「バナナが1本ありました~」と。
 スコットランドでは誰も日本の歌など知らないから、音を外そうが歌詞を変えようがお構いなしだ。が、日本ではそうもいかず。春香のみならず、乗客のみなさまにもお聞かせしているような形になった。ようやく寝てくれたのは新百合ヶ丘、そこで聴衆のほとんどが下車していった。

「ヤンチャリカ」。ロシア民謡調なので、当然振り付けもロシア風ダンスをと思ったが。腰を落とし、右、左と足を前に出そうとすると、すぐに足がつりそうになる。まだ若い夫に協力を頼んで、二人で並んで踊るといくらか格好がつく。
 春香は両親をかわるがわる見ながら、口を開けて聞き入っている。

 もっと静かな歌もある。「おかあさん」は私が好きで何度も歌っているうちに春香も喜ぶようになったものだ。「おかあさん」「なあに?」「おかあさんっていいにおい」・・・私が母親の優しいイメージを植えつけようと努めて優しく歌うので、おそらくそれが伝わるのだろう。
 この歌に限らず、歌う時は春香の目を見ながら気持ちを込めて歌うと効果抜群。野菜を刻みながら適当に歌っていると彼女は不満なのだ。

「山のようちえん」。激しく泣き叫んでいても、抱っこしてこの歌を歌ってやると何故か泣きやむことが多い。ワルツに合わせて体を揺らしながら、背中をトントンたたくのだ。成功率は実に八割。それに気づいて以来、「す~てきな山のようちえん~」と歌い続けている。
 ただ歌い終わればまた泣き出すので、300回ぐらい歌ってしまった日もあった。

 お気に入りはまだまだあるが、寝かしつけはやはり「ゆりかごのうた」である。

(続きは書籍にてお読みください)

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ブログ村よりお越しのみなさまへ

 あの・・・こんな記事を書いていいものか迷ったのですが、とりあえず書かせていただきます。
 
 私は先日、ブログ村にこのブログを登録させていただきました。が、なにやら罪悪感にとらわれております。というのは、このブログは、拙著の宣伝用に作ったものなのです。お読みになればおわかりでしょうが、今回出版された「春香だより」の立ち読みとして、各章の一部しか載せていません。実際のブログはミクシイで書いていて、友人の友人までという限定公開になっています(今も続編を執筆中)。

 一般公開となるこちらのブログには、一部のみの掲載で、あとは(この続きは書籍にてどうぞ)とさせていただいております。なんだか意地悪に思われるかもしれませんが、あくまでも宣伝なので・・・済みません。
 
 実は私自身、娘に「マルチリンガル教育」なるものをほどこしているわけではありません。正直に申しますと、娘の日本語教育以外は頭になく、通学先の使用言語であるドイツ語を教えることは意識的に避けています。私が娘に教えているのは日本語と、あと(やむを得ず)算数だけです。ドイツ語の成績に関して、まったく気にしないと言ったら嘘になりますが、私にはどうすることもできないと割り切っているのが現状です ( この辺のお話は長くなるので、また別の機会に・・・)。そして夫がイタリア語で話しかけているので、結果として娘は今のところ3ヵ国語を話している、というだけの話なのです。
 当然ながら、3ヵ国語のどれも完璧とは言い難いのですが、とりあえず日本語はかなり年齢相応のレベルに達しているのでは、と親バカながら思っております。とはいえ、学習言語であるドイツ語がいちばんできないと本当はいけないんですよね(もう小学3年生なので!)。

 そんな状況なのに、何故マルチリンガルなどというカテゴリーを選んだかというと、ただ単に拙著を読んだ友人が、この本のテーマは主に言語だね、と言っていたからです。私は語学畑の出身であり、確かに言語には常に関心を寄せています。言語についての記述が長くなり、ページが割かれていたとしても不思議ではありません。
 が、私自身は親バカを前面に押し出してこの本をアピールするつもりでいたのです。それが、「マルチリンガル育児」として登録し、今ではマルチリンガルに関する記事を期待して多くの方が訪問して下さるかと思うと、なんだか人様をだましているような罪悪感をおぼえ・・・このような記事を書くに至ったというわけなのです。
 
 ご訪問いただいた方々には、心よりお礼を申し上げます。そしてこんな長文をお読みいただき、本当にありがとうございます。
 このランクインはおそらく、登録当初だけの、限定効果なのでしょうね・・・。とりあえず、これからも更新していこうと思いますので、もしもお時間がありましたら、今後ともどうかよろしくお願い申し上げます。


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 ↓ 「立ち読み」の続きを お読みになりたい方は、こちらへ どうぞ!


笑った、笑った!

 好きだけど夢中になれない赤ちゃん

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 赤ちゃんを端から見ているのは好きだったが、あやすのは苦手だった。じっと見つめられると、何もかも見透かされているようで落着かない。退屈させていたらどうしようと、責任を感じたりもする。しかも「ばあ!」と両手を広げながら赤ちゃんの反応を待つ時の、きまりの悪さ。横で誰かに見られていたりすると、「赤ちゃんは好きだけど、うまく可愛がれないの」と戸惑っている自分が見破られそうで恥ずかしい。いっそ無関心を装っていた方が気が楽だった。赤ちゃんに夢中になり、周囲がまったく目に入らなくなるという感覚を経験したことがなかった、ということもある。
 二十年以上も前の話だが、友達のむうさんに女の子が生まれ、皆で遊びに行った時のこと。仲間の中で、特にあきちゃんの可愛いがりように私は圧倒された。ずっと赤ちゃんの相手をしていて、全く私たちの会話に入ってこない。いつまでもうっとりと見入っている彼女の優しい目つきを今もよく覚えている(ちなみに、あきちゃんとはイラストレーター「こうのあき」。赤ちゃん好きが昂じて、現在なんと四児の母!)。

 我が子と初めて目が合う

 時が過ぎ、自分の子供が生まれた。
 初めて知ったことだが、生まれたての赤ん坊というのは母親とさえ視線を合わせない。たまたま目が合ったとしても、何故かすぐにそらしてしまうのだ。
「春香ちゃん!」私は注意を引こうと手を振りながら、日に何度も呼びかけた。「お母さんよ! お母さん、ここよ!」彼女の視界には入っても、目を見てもらえない。命綱である母乳を飲む時でさえ、乳首が探せなくて口を開けたまま首を振り、うろうろしている有り様だった。もちろん表情などほとんど変わらない。それでもこっちは常に必死で観察しているから、ごくわずかな変化も読みとって一喜一憂していたのだが。

 最もわかりやすかったのは、眠りにつく時に見せる微笑みだった。生理的微笑というのだそうで、目を閉じたまま、口の端をかすかに上げるのだ。確かにそれは笑顔に見えるので、うちの子は生まれて三日しかたっていないのにもう笑う、と有頂天になってしまった。
 あの頃の春香が夢中になっていたものといえば「おっぱい」をおいてほかになかったから、授乳後うとうとしながら口の端を上げているのは「この甘い味、たまらないね」「とろりとして、あったかくって」などと言っているように思えた。
 
 そんなある日、春香と初めてしっかり目が合った。三週間がたとうとしている時だ。視線がこちらに向けられた瞬間、ドキッとしてしまったのである。自分の子に見られたくらいで、まるで初恋のように心臓を揺すぶられるとは。
 その後も、母親だと認識してもらいたい一心で、ひまさえあれば彼女の視線の方に顔を持っていき、手を振り、語りかける日々が続いた。
 
 本当に笑う?

 一ヶ月になる頃、私は体調をくずし寝込んでしまった。世話に来ていた両親や義父母が去り、お客さんラッシュも過ぎて、緊張の糸が切れたのかもしれない。下痢が悪化し、とうとう何も食べられなくなり、授乳以外の一切の世話を夫に任せて床についた。
 その頃である。夫が「今、笑ったような気がする!」などと言い出した。現場を見ていないので半信半疑だったが、何度もそう言われ私はあせり始めた。そんな、母親はこの私なのに。私だけに笑ってくれるんじゃないの? 夫に「マンマは、ただのラッテリア(牛乳屋さん)!」とからかわれても、返す言葉がなかった。
 三日後、私は何とか起き上がれるようになり、夫は大学に戻った。私は巻き返しをはかるべく、春香と遊ぶことに励んだ。目を見て語りかける時は、夫の言うように「は・る・か」とゆっくり発音してみた。また顔を近づけ、お腹をくすぐってもみた。
 その結果、ほんの二秒ほどだが、こちらを見て「にいっ」と笑ってくれたのだ。私は息をのみ、すぐさま夫に報告の電話を入れた。
 そのうち、私がちょっと一息入れると、「もっとやって」とばかりにぐずるようにまでなったのである。
 
(この続きは、書籍にてどうぞ)

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