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イタリア語を話しなさい!




 ついに来た。義父母が私たちに日本語禁止を言い渡す日が。
 いや、正確には「禁止」ではない。義父は言った。これは強制ではないよ。あくまでも、こうした方がいい、という私の意見だ。イタリアでは、その言葉がわからない人がいるのに話し続けるのはマナーに反する。もう大きくなったんだし、ほかの人がいる場ではイタリア語を使うべきなんじゃないか。
 一般論として、私は素直に納得した。イタリアの街角で娘と話していると、知らない人がいきなり「イタリア語で話しなさいよ」と忠告してくる。秘密でも悪口でもない、内容にまったく問題がなくても、未知の言葉を発している人たちというのはやはり違和感を覚えるのだろう。スイスと違って、イタリアは外国語が苦手な人が多いのだ(おかげで、イタリアに移住した外国人はすぐにイタリア語を覚えてしまう)。

 しかし、私の体内の血は逆流を始めた。私が何故、義父母の言葉に素直に従えないか。それは彼らが、夫婦の会話をアルバニア語で行っているからである。二人とも生粋のイタリア人だが、生まれ育った村はかつてアルバニア人が植民地化したところで、言葉だけは今も残っている。方言ではない、イタリア語とは別の言語である。そう、彼ら自身が私の目の前で日常的に外国語をしゃべっていながら、自分のことは棚に上げるからなのだ。

 今回わかったことがひとつある。なんと義父は、孫のイタリア語レベルが不満なのである。彼に言わせれば、娘の今いる状況なら、ドイツ語日本語イタリア語の3カ国語を、同じようにきちんと話せていないといけないのだった。これには驚いた。
 普段から親子でドイツ語の単語を調べつつ宿題やらテスト勉強やらしている中、日本語学校に週1回通い、夜と週末はお父さんとイタリア語(一般的に父親の言語は習得すら困難なことも多いのだが、うちの夫はとにかくよくしゃべる!)。こういった苦労の末、娘は従妹ととりあえず遊べるし、祖父母ともなんとか意志の疎通ができているという「幸運」を、彼はまるで理解していない。さらにスイスにいても、毎晩の夕食時には私も娘にイタリア語で話すよう、提案してきた。

 冷静になって話し合うことが苦手で、どうしても感情的になってしまう私だが、我が家では一人一言語という原則を守っていることを義父に伝えた。私は日本語しか話さないことによって、娘も混乱することなく覚えられる。私が日本語訛りの、正しくないイタリア語を話したところで、何の得にもならないと。
 すると義父母は急にむきになり、異口同音に私のイタリア語を褒めだした。あれほど「あなたのイタリア語は冠詞がない」と嘆いていたのは、一体なんだったのか(義母は元イタリア語教師)!



 困った私は、考えに考え、結局こうした。食卓では娘と離れて座り、話す状況を作らない。もう娘のことは構わないと決めたのである。
 娘にとっては日本語のほうが楽だから、私が横にいればつい日本語に流れてしまう。これはもう離れるしかない。食事中だけでもこうすれば、一応義父に従ったことになるだろう。あとは今まで通りでいいや。
 離れて座ったにもかかわらず娘は、無意識に私に話しかけてきて、イタリア語で言い直すことが数回あったが、やがて慣れた。娘には断固として日本語以外使いたくない私は、もう娘の言動に構わず、食事に集中した。
 その後も義父母は相変わらず、私の前でもアルバニア語を話し続けた。私は気づかないふりをした。3日たって、予定通り、私は一人で先にスイスに戻ってきた。今頃、娘はイタリア語漬けになっていることだろう。うるさいお母さんがいなくなって、思いっきりジェラートを食べたり、夜更かししたりしているらしい。

 それにしても気づかなかった。娘に日本語を通すのがスイスなら許されるというのは、私がドイツ語をまともに話せないからだったのか。イタリアにいたら、「あなたイタリア語できるじゃない、どうして話さないの」となるわけか。
 それにもうひとつ、気づいたことがある。娘に外国語で話しかけるなら、もっと小声で遠慮がちに話すべきだった。私はきちんと教えたいがために、常にはっきりと発音し、ひとつでも多くの言葉を聞かせようと努めてきた。が、日本語を解さない周囲の人からすれば、こんなことは耳障りなだけである。そうでなくても私は声が大きいので、これはまったく配慮に欠けていた。私ときたら、10年たってようやく気づくとは。

 そして娘は、イタリアから帰った翌日に今度は日本から祖父母を迎えるのだ。本当にお疲れさま。いや、本人は意外と疲れていないのかも。生まれた時から、常にこんな環境にいたのだ、この子は・・・。


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