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スイスでも、住めば都。 その4 「ご想像におまかせすることなく」



(前回からのつづき)
 そうです。ここは本当に、いいところなんです。ただし、それは 美しい街並みとか(目はやがて慣れ、麻痺する)、アルプス山脈とか(この辺に山はない)、おいしいワインとか(アルコール全般が 苦手)、おいしいチーズとか(固いの臭いの苦手)、そういったもろもろの観光資源について言いたいのではなく (繰り返すが、観光と 生活とは違う)・・・・・・。
 良いというのは、本当なんです。しかし、みなさまのおっしゃる 「いいな~」とは違う、また違ったその良さを、もう少し正しく、具体的にお知らせしたいのです。
 私は私なりの紆余曲折を経て、自分でも納得した上で感じている「住めば都」なのだということ。そのあたりの事情を、自慢していると思われることなく、正しく理解していただきたい。それは口頭ではかなり難しいので、今まではあえて挑戦しようとせず、その場で ただむきになって、反論してしまうことが多かった。
 しかし文章に書くとなれば、「いいなあ~」で腰を折られることなく、自分のペースで話を進めていける。手紙にブログに、私はこれからも書いていこう。そう思った。

 もともとは、私をこの地に導いてくれた夫。今のこの生活は、やはり夫によるところが大きいという事実は認めます、はい。
 そして日々の生活に多大な影響を与えてくる娘にも、それなりに(いや、結構)満足しています。色々あれど、ここではあえて目をつぶろう―――。
 「満足」だなんて、誰かに対していうのは尊大かつ不遜かも。この場合、感謝というべきなんだろう。口に出しては言わなくても、心の中ではいつも思っているし、日記にも書いている。私は本当に恵まれている、感謝しなければ、と。
 日記やブログに書いていないで、さっさと本人に言えばいいんだけどね。

 そう、この、実家の「部屋」につらなる 「アルプス山脈」における 最高峰、私の過去の日記ノート。12歳の頃から書いているので、現在のノートは366冊目・・・・・・。
 一体、この山をどうするつもりだろう、私は・・・・・・。それこそ全部に目を通して 整理しようものなら、週末どころか、人生の貴重な 残り時間はそれで終わってしまうのに・・・・・・。
 (終わり) 

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テーマ : マルチリンガル - ジャンル : 育児

スイスでも、住めば都。 その3 「いいなあ~とおっしゃいますが……」



(前回からのつづき)
 そういう私自身が、実は日常の不満度かなり高めの人間だ(ということになっている)。これについては、すこしご説明申し上げたい。

 日本の友人からは、ヨーロッパに住んでいるということで、そしてここスイスでは、夫の実家がローマにあるということで、いいなあ~なんて言われてしまう(私に言わせれば……おっと、また愚痴ってしまいそうになる)!
 ちなみに、私たちのスコットランド移住が決まった時、ローマの友人たちは「いいなあ~!」の大合唱だった。「私も行く!」ときっぱり言った人もいたほどだ。
 確かに、当時は私も大いばりで「いいでしょう!」と笑っていた。しかし、その後は・・・・・・、もうみなさん、おわかりでしょう。
 観光旅行と日常生活は違う。外食ではなく、自炊。ホテルじゃあるまいし、掃除も自分でする。買い物、役所の手続き、子どもの世話・・・・・・。期待と失望を幾度となくくり返し、今に至るというわけである。

 そんな状況におかれた私だったから、実際に思っていることはさておき、周囲に伝えるのは、満足に思っていることより不満であることのほうが圧倒的に多かった。
 そう、私だって今まで「いいところに住んでいます」とか、「私はいい人にめぐり逢えたと思う」とか思うこともあるんです。ただ、口に出さないだけなんです。
 だって、満足だとか恵まれているなんて言うと、なんだか自慢していると思われそうで。確かに恵まれているとは思うんですが、みなさまがご想像なさっているのとはだいぶ異なる恵まれ方なのです。なのでつい、むきになってしまうのです。

 そして最近気づいたのだが、私の言う愚痴は笑えると、楽しみにしている人までいる。おかしな話だが、私はここで何かしら文句を言うことを期待されているという、そんな場の空気を感じてしまうことさえある(特に義父母関連の話題)。
 これも、自分のまいた種。私はいつのまにか、そういうキャラクターを担っていたのだった!

 そんなわけで今回、Dさんの手紙のように、読み手に爽快感をもたらすような、そんな表現ができるようになりたいと、心底思った。ただひたすら謙虚に事実を述べ、感謝している手紙。彼女も私に「いいなあ」と書いてきた一人だけど、とにかく今ある生活を大切に、一日一日を生きているという印象なのだ。そんな文章を、私も書いてみたい。
 私も文句ばかり言わず、素直に表現してみようという気になっている。もちろん、相手と状況によるし、表現には気を遣わないといけないけれど。(次回へつづく)


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スイスでも、住めば都。 その2 「満ち足りた友人」



(前回からのつづき)
 もらった手紙一通一通に目を通していて、気づいたこと。

 今も付き合いが続く中で、「いろいろあったけど、結局はいい人生を送っているじゃないの」と言ってあげたい人が何人かいる。Aさんは欝を乗り越え、趣味に没頭している。Bさんは離婚後、新しい人と幸せな家庭を築いている。Cさんは不妊治療を断念、仕事や旅行を通じて、人生を楽しんでいる。これでよかったんだよね。
 それに対し、人生のさまざまな局面において、今も迷っている人がいる。目指していた道が閉ざされた、正しいと思っていたのに違った、その後も次なる選択肢が見つからず、どこへ行こうか決めかねている。
 みんなそれぞれ、生きていく中で「これだけはゆずれない」というこだわりがあると思う。手に入れば次の目標を見つけ、また進んでいくと思うのだけれど、それを次々と手に入れている人、途中で見失ってしまった人、いつまでも手に入らずに(または見つからずに)もがいている人。もちろん、運の良し悪しも多分にあるとは思うけれど。

 そんな中、あっさりと現実路線を選んだ人もいる。こうなったからには仕方ない、これで行こうと、受け取った現実と折り合いをつけている。できる範囲でこなしていると言うが、実際は目まぐるしいほどの活動量。その時々で、目の前に起こる事柄を常に肯定的にとらえ、受け入れている。さらに、どんな状況においても常に満ち足りた心境でいる。 

  そういった、日々の生活の中での満足度が高い人、そんな人が書いた手紙というのは、読んでいて実にすがすがしく、私まで気分が晴れる。満足感がこちらにまで伝わってきて、まるで私にまで、幸運がうつってきたかのような心地よさ。私もあやかりたいので、今後も手元において読み返そうと思う。
 年に数回書く手紙の中では、とても語りつくせない苦労ももちろんあるのだろうけど。それでもこの手紙を書いたその日の、感情の吐露がああだったというのなら、それだけでもお手本にさせていただきたい。そんな暮らし、そんな考え方。
 実はそれほど近い関係ではない友人もいて、過去に会ったのは数えるほどなのに、もらった手紙だけは何度も読み返している。

 そういう私自身が、実は日常の不満度かなり高めの人間だ(ということになっている)。
 (次回へつづく)


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スイスでも、住めば都。 その1「手紙を整理する」

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 先日、思いがけず時間が手に入ったので、ずっと気になっていたこと ――― 手紙の山の整理に着手した。ただし、受け取った手紙すべてに目を通してからにした。すべてといっても、実家にまだ大量にあるので、これらはそのごく一部である。ここ5年間にもらったものは残し、それ以前の手紙限定で整理をすると決めた。
 実際問題として、もう置いておく場所がこの家にはない。読み返さないのに後生大事にとっておくより、目を通して整理する方を私は選んだ。
 予想通り、それには大変な時間を要した。一人でいたのをいいことに、食事中も読み続けた。
 中には何年にもわたって日常のことを事細かに報告してくれた人もいる。おかげで、友人のみなさまのそれぞれの人生を一望することができた。なんだか長いドラマ映画でも見てしまったかのような、面白い体験だったのである。

 そんな中で、あることに気づいた。

 私は、現在ヨーロッパに住んで19年目。スイスの前は、英国のスコットランドや、イタリアのローマにいた。こちらでもらった手紙には「いいなあ~」「うらやましい」など、羨望の言葉がとにかく多かった。
 しかし。言わせてもらえるものならば、日々、苦労はいろいろと絶えないのである。ここスイスの例でいうと、言語、食べ物、気候、人、子どもの教育、物価………(本題から外れるので、この辺でやめておく)。
 実際は、心のどこかで、日本に戻る日がいつか来ることを待ち望んでいる私がいる。夫は日本で就職する気がまったくないので、これは叶わぬ夢だけれど。

 それでもここ最近は、スイスにいながらにして「住めば都」だなあと、しみじみ思うことが比較的多くなった。ウォーキングを始めてからだろう。周辺を歩いてみると、こんなにウォーキングするのに恵まれた土地は滅多にないと気づく。自分のおかれた境遇が、実は大変な幸運だったと認めざるを得なくなってきた。

 最大の障害である言語も、わからないならわからないなりに開き直って、それを武器にしてしまおうと思うに至った(これについては、日をあらためて書きたい)。

 (次回へつづく)
 (写真は、近辺の村にてウォーキング中に撮りました。左端の、誰かさんの落とし物に注目!)

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行ってみたい国はヤーパン(日本) その2



(前回からのつづき)
 
 数年前、箱根の「湯ネッサン」に行ったら、客の大半が中国人だったのには驚いた。いや、実際は二割程度だったろうが、言葉や顔つきが違うので目についた。まさか箱根で、これほど多くの中国人に会うとは。湯ネッサンがいつのまにか、中国人の間で人気スポットになっていた! 
 こちらに戻ってきてその話をしたら、友人も同じ経験をしたと、顔をしかめて言った。そう、そう!せっかく日本に帰って温泉に行ってもさ、中国人に囲まれちゃうの。里帰りの時くらい、日本人といてリラックスしたいよねえ……!
 しかし、私たちはここスイスで、観光どころか暮らしているのである。スイス人に近年ますます排他的傾向があるのも、この心理と通じるものがあるのではないだろうか。
 あの日、湯ネッサンで、私は別に中国人から何か迷惑行為を受けたわけでもなかった。ただ単に箱根でかつてなかったほど多くの外国人を目にして驚いただけである(箱根でほとんど会ったことがなかった。うちの夫くらいか)。
 受け入れ側は、この経済効果に喜んでいるはず。そして私も、日本の観光地がネットのおかげで世界中に知られ、ようやく観光国として認識されつつあることに喜びを感じずにはいられない。近年は京都や東京のみならず、金沢や秋田などの地方までが注目され、さらにツアーでなく個人でまわる外国人も増えているという! 若者が見捨てて過疎化した地方が、まさか外国人によって活気をとり戻すとは有り難い。温泉の良さをわかってくれるというのも、これは万国共通なのだと再認識できてまた嬉しい。日本は治安がよく、食事も安い、種類が多い、おいしい。さらに円安で何でもお買い得ときている。みなさん、日本の良さにやっと気づいてくれましたか、と言いたくなるのだ。受け入れ側も、英語は苦手だの、外人さんお断りだの言わないで、どうか笑顔で受け入れていただきたい(もうそんなこと言う人いないのかな)。 

 山奥の秘湯や変わった博物館など、「外国人の注目を集める日本の観光スポット」というネットの記事が私は大好きだ。どうしてこうも好きなのだろう。欧州に住んでもう20年近くになるが、日本出身であることで肩身の狭い思いでもしてきただろうか。日本が行ってみたい国として世界の注目を集めていることが嬉しくてたまらない。今までは何について話しても関心を寄せてもらえなかったのに、今は本気で日本行きを考える人が増え、スシやゲイシャ以外のことについても質問されるようになったのである。
 「外国人に人気のスポット」なる動画を私も大いに楽しみ、即座にネットで調べたり手帳に書き留めたりする。私の視点も外国人化してきたのか。次回の里帰りの際に夫と娘に喜んでもらいたくて、リサーチにも力がはいる。
 最近は旅行サイトも乱立しているから、海外にいながら簡単に情報が手に入る。日本はなんと、お楽しみに満ちあふれた国なのだろう!!時間の浪費とは知りながら、この、あれこれ迷う時間が本当は楽しいのだ。帰国はまだまだ半年以上先の話なのに……。

 やっぱり私にとって、行ってみたい国は日本。


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