スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

1月3日 珍しく、家にいた(1)「朝型人間になったこと、およびイタリア帰省」



1月3日。私にしては珍しく、一日中、家にいた。

 朝型人間へと生まれ変わって以来、日中は努めて体を動かすように
している。睡眠時間が短縮された分、夜の眠りを深くする必要がある
ため。郵便受けを見に行ったり、ゴミを出したり、地下の物干し場に
行ったりすることさえ貴重な運動の機会ととらえ、エレベーターでなく階段を使う。運動になると思えば、床のモップがけもやろうという気になる。時には、あえて遠くのスーパーまで歩いて行く。娘が病気で、自宅に
幽閉を強いられる日は、夫の帰宅と同時に買い物に出る。天気のいい日には、「こんな日に家にいるなんて」と体がムズムズ感じるように
なってしまった。
 以前は、5分歩いてスーパーへ行くことさえ面倒で、帰宅すると
ぐったりしていたのに。買い物に行く回数を減らすべく、家にある乾物や缶詰をもっぱら利用して料理していた。家にいればいくらでもすることが
あって退屈しないという、完全なインドア派だった私にとって、これは実に劇的な変化だった。とにかく夜眠れないほどつらいことはない。もう二度とあんな思いをしたくない、その一心で成し遂げられた変化なのであった。

 しかしながら昨日は、正月休みの帰省による疲れがとれず、どうにも参っていた。同じ里帰りでも、行き先が夫の実家となれば、自分のそれとはあまりに違う疲労感を持ち帰ることになる。休暇はイタリアだと言うと、間髪入れずに「いいなあ!」と羨望に満ちたまなざしを受けるのだが、私の状況はそんなイメージからはほど遠い。
 一人で出歩くのは危険だという義父母のもと、観光はおろか、友人に会いに行くという手持ちのカードを大事に使って何度か外出を許される
のみ。出かける際には何しにどこへ行くかを詳しく申告させられ、「車で送ってあげるからもう30分待ちなさい」などと言われてしまう(実際は1時間以上待つ)。一人になれる時間は早朝、トイレの中、あるいは人に会いに行く途中の電車の中しかない。あとはずっと家の中および
その周辺で過ごす。私たち一家が来て人口を増やすので、家の中は
雑然とする、そのストレスもさることながら、家族親戚の間で常にもまれ文化や育児方針の違いにぎゅっと目をつぶり、夫と二人になった時だけ不満をぶちまけ、あとはじっと耐え、出発の時を今か今かと待ち望むのだ。この待ち望む気持ち、出発の日に近づいてゆく喜びを、顔に出さないようにするのがまた一苦労なのである。
 夫と出会った当初、ご家族の温かさに感動して、「この人と結婚したら同居してもいい」とさえ思っていた。永すぎた春のために、やがて現実を知ることとなり、今では外国に暮らしている。これは確かに、私の願いが天に受け入れられたともいうべき幸運だった。

 そうして一昨日、何とかスイスに戻ってきた。(つづく)

にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村
にほんブログ村 子育てブログ マルチリンガル育児へ
にほんブログ村

↓私はもちろん3時間睡眠なんて無理ですよ。でも参考にはなりました。↓

スポンサーサイト

COMMENTS

COMMENT FORM

TRACKBACK


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。