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スイスでも、住めば都。 その2 「満ち足りた友人」



(前回からのつづき)
 もらった手紙一通一通に目を通していて、気づいたこと。

 今も付き合いが続く中で、「いろいろあったけど、結局はいい人生を送っているじゃないの」と言ってあげたい人が何人かいる。Aさんは欝を乗り越え、趣味に没頭している。Bさんは離婚後、新しい人と幸せな家庭を築いている。Cさんは不妊治療を断念、仕事や旅行を通じて、人生を楽しんでいる。これでよかったんだよね。
 それに対し、人生のさまざまな局面において、今も迷っている人がいる。目指していた道が閉ざされた、正しいと思っていたのに違った、その後も次なる選択肢が見つからず、どこへ行こうか決めかねている。
 みんなそれぞれ、生きていく中で「これだけはゆずれない」というこだわりがあると思う。手に入れば次の目標を見つけ、また進んでいくと思うのだけれど、それを次々と手に入れている人、途中で見失ってしまった人、いつまでも手に入らずに(または見つからずに)もがいている人。もちろん、運の良し悪しも多分にあるとは思うけれど。

 そんな中、あっさりと現実路線を選んだ人もいる。こうなったからには仕方ない、これで行こうと、受け取った現実と折り合いをつけている。できる範囲でこなしていると言うが、実際は目まぐるしいほどの活動量。その時々で、目の前に起こる事柄を常に肯定的にとらえ、受け入れている。さらに、どんな状況においても常に満ち足りた心境でいる。 

  そういった、日々の生活の中での満足度が高い人、そんな人が書いた手紙というのは、読んでいて実にすがすがしく、私まで気分が晴れる。満足感がこちらにまで伝わってきて、まるで私にまで、幸運がうつってきたかのような心地よさ。私もあやかりたいので、今後も手元において読み返そうと思う。
 年に数回書く手紙の中では、とても語りつくせない苦労ももちろんあるのだろうけど。それでもこの手紙を書いたその日の、感情の吐露がああだったというのなら、それだけでもお手本にさせていただきたい。そんな暮らし、そんな考え方。
 実はそれほど近い関係ではない友人もいて、過去に会ったのは数えるほどなのに、もらった手紙だけは何度も読み返している。

 そういう私自身が、実は日常の不満度かなり高めの人間だ(ということになっている)。
 (次回へつづく)


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